小さなあたまで大さわぎ

不安障害(不安神経症)パニック障害とうつの記録。

まだなんとか日常が過ごせていた頃。思えば大パニック発作の前触れ。

こんにちは、ひかりです。

電車に乗れなくなっていった

パニック発作がときどき起こってはいたが、家では普通にしていられた。

電車などの乗り物がだめになっていた。

乗るときから、

倒れたらどうしよう、

具合が悪くなったらどうしよう、

と心配になった。

途中の駅にひとつずつ止まらない電車には乗れなくなった。

 

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バスが好きになった。

でも、しだいにバスもひとつのバス停から次のバス停までの間、降りられないのだと思うと、不安になり、どきどきしていた。

だんだんと日常生活に支障が出始めていた。

 

ただ、認めたくなくて、夏の暑さのせいにしたり、貧血のせいにしたり(立ちくらみがあった)低血圧のせいにしたりしていた。

 

移動手段をどうするか、家を出てから帰るまでの自分の安全はどうか、とても気にするようになって、仕事などが二の次三の次になっていった。

遠いところへは、行けなくなっていた。

 森田療法をみつけて

そんなときに、こういうものは出会うものなのか、森田療法の本を見つけた。

いま思えばとても早い時期に森田療法を知ったのだった。

 

 

www.mental-health.org

ああ、わたしはパニック障害とか不安神経症なのかもしれないと思った。

 

そのころのわたしにはとても厳しいことがたくさん書いてあって、実際はあまり森田療法関係の本を読み込めなかった。つらかった。

 

日常生活では、ちょうど人生でももっとも大きなストレスが重くのしかかっていた。仕事もふたつかかえていて、ひとつは立ち上げたばかりで、周りの信頼を勝ち取らなくてはこの先続けられないギリギリのところ、もうひとつは復帰したばかりでやはり軌道に乗るまで断らないと決めた分野の仕事だった。

 

ふたつの仕事が同時に忙しいというのもあったけれども、元々あまり根性も体力もない、徹夜や長時間労働がもっとも苦手なわたしがそれだけのことをし続けたのは、離婚したあと数年がんばってきていて、なんとか人生をやり直したいと思っていたからだった。

周りもそういう状況を知っていて、サポートしてくれている分、具合が悪いとかそういうことで放り出すことは絶対にできないと思っていた。

 身体の調子がおかしくなっていく

胃がいつも痛くて、おなかを壊し、食欲はなくて、紙を食べているような感じで、味がまったくしていなかった。

眠れなくなって、起きられなくなっていた。

 

森田療法の本は怖くて読めなくなっていた。