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小さなあたまで大さわぎ

不安障害(不安神経症)パニック障害とうつの記録。

寝たきり生活が始まった。

こんにちは、ひかりです。

 

パニック発作のひどいのが起きて、心療内科で診てもらってからのこと。

 

家でひたすらなにもしないで薬を飲んで休んでいてください。いつまで寝ていてもかまいません。ご飯をしっかり食べて、しっかり睡眠を取って、あとはなにもしないでくだい。ひたすら休みましょう。

と、心療内科の先生に言われた。

が、これができない。

 心が休めない

 

じっと寝ていることができない。落ち着かない、なんでこんなことになってしまったのか、仕事はどうなるのか、やめるしかないのか、途中のことはどうなるのか、あれはこれはどうしよう、と、どきどきは治らなかった。むしろよけいにひどくなったような気がした。

なにもしないで休んでもいられない、かといって、なにもできない。

こんなにつらいことがあるのかと思うくらいにつらかった。

気を紛らわすようなことをしないでくださいと言われたが、気を紛らわすようなことはできないのだった。気が紛れないのだった。

なんでこんなことになってしまったのか。

ただ、この一点に心は集中している。

心の中は怒濤の渦潮のようにいろいろな思いが駆け巡っている。

現実からかけ離れたことを口走ったり、独り言を言ったり(いまはむしろ言っている)いわゆる挙動が不審ということはなかった。いたって「普通」。おとなしくベッドで休んでいる。が、目がうつろで生気がなく、表情も乏しくて、要求も少なかったらしい。

なにかがしたい、という気持ちがすべて削げ落ちてしまった。

 

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どきどきどきどき

いつも心臓が思いいっきり走ったあとのような、なにか驚いたあとのような、そんな動悸が続いていた。

疲れ果てて夜中に眠りにつけるまでそれは続いた。

そして、また次の日になる。

その繰り返しだった。

この時期のなにか慰めというか、楽しかったことをひとつでも書けたらと思って考えてみたが、楽しいことやよかったこと、救われたひとときなどはまったくなかった。

ただ、ひたすら怖かった。

森田療法の本も読んでみようかと開いてみても、なにも頭に入ってこない。本が読めないのだった。

テレビを見ていても、心は見ていないのだった。

家族になんとかこの具合の悪いのを説明して、わかってもらいたいと思ったが、昔と言うこともあって、心療内科というのも珍しいくらいだったから(内科だと思っていたらしい)元気がない、うつのようなものだと思っていたようで、なかなか理解してもらえなかった。

思えば、この誰かにわかってもらいたいというのも、神経症になりやすい人が持つ、元々の素質のようなところがあって、依存というか、ひとにすがりたいという気持ちがとてもとても強かった。

昼も夜もだれかにそばにいてもらわないと不安でしかたがなかった。

 不安にどっぷりと首まで浸かっていた

こういうことを客観的に、子どものようだとか、おかしい、とか考える余裕も能力も気力もなかった。ひたすら時間が過ぎていくのを待っているだけだった。

たとえば、時計を見る。五分経つのにどのくらい長いか。

まったく永遠的に長かった。

症状をやり過ごすことがどんなに苦しいか。

こう書くと、そういう症状になったらどうしようとか、パニック発作が発作ではなくて、常態としてあったらどんなことになるのか(実際には波のように引いては返しといった感じなのと、夜にも楽になる時間があったのを覚えている)おびえてしまうかもしれない。

が、こういうことがあり得るのだとして、なるべく早めになにか気になることがあるのだったら、病院へ行くべきだと思ったので、勇気を出して書いています。

 これは、もちろん森田療法の絶対臥辱とは違う。ただのお休み状態だった(休めていないけど)。