小さなあたまで大さわぎ

不安障害(不安神経症)パニック障害とうつの記録。

心療内科の診察:症状を訴える加減が難しい。

こんにちは、ひかりです。

前回、心療内科の診察で、おかげさまでなんとかやっていますと言ってしまった話を書きました。

hikary.hatenablog.com

楽しい感じに書いたけど、かなり具合の悪いときで、いまでも覚えているくらいそうとう大変(自分の中でだけだけど)なできごとでした。

すがった先生につらさをわかってもらえなかったというショックは、あの症状では、非常に心細くて、頼れる人がいなくなってしまった感じです。

このあと、先生とはいろいろなやりとりの中で、結局、医者に頼っていてもダメなのだと気づくことになるのだけど、それはかなり先のことです。

 

症状を訴えるときに気になったこと、失敗したこと

最初の頃は時間を取って診察をていねいにしてくれたのでとても話を聞いてくれて、良い先生に巡り会えたと思ったのだけど、だんだんと診察時間はさりげなく短くなっていって、事務的な感じのときもあるようになった(想像)。

これは、言ってみればわたしの症状が少し安定してきて、それなりにまあ、大丈夫でしょうから様子を見て、このままお休みしてくださいね、という期間に入っていたからだろう。

が、そんな中でもわたしには訴えたいことや聞いてもらいたいことや、こういうときにはどうしたらいいかとかいろいろな疑問や質問も出てくる。

診察は二週間おきなので、その間に試行錯誤して、苦しい中でも次の診察までがんばって、このことを質問してみようとか、このことを先生に聞いてもらいたいなどがあるものだ。

二週間あると必ずそういうなにか話題のようなもの、トピックのようなものが出てくる。

それを一生懸命にメモして(几帳面)持っていく。

「どうですか、具合は」

と言われて、もう「おかげさまで、なんとかやっています」というまぬけな返事をするのはやめて、メモを見る。

けれども、そのメモが実は問題なのだということに、じょじょに気づいていくことになる。

前に書いたのだけど、わたしは人に気を遣う性格傾向がある。優しいとかではなくて神経質なのです(だから神経症になった)。

それで、先生に気を遣ってしまうことになっていた。どういう風になるかというと、

良くなっているように言ってしまう。

こういうふうにうまく対処できた(食欲が出たとかよさげなこと)、とかそこそこ眠れるようになったとか、少しのトピックなのだけど、ちょっとだけ成果が上がった(良いことがあった)ように言ってしまうのだった(これは「おかげさまで、なんとかやっています」よりも医者に真実が伝わっていないという意味では状況は悪いかもしれない)。

心療内科の診察では、見た目での様子の判断もあるが、訴える要素でかなり変わってくるだろうに(想像)、それがちょっと違う方向へと話していったら、先生には理解してもらえないのは当然だ。

このことに自分で気づくのにとても時間がかかった。

というのは、そういうふうに本当よりもよいふうに言ってしまうときがある一方で、すごく具合が悪いときもある。

そういうときには、

「すごく具合が悪いです」

と言わなくてはならなくなるので、先生には、(この人、良かったり悪かったりする。症状が(気分が)安定してない)というように見えるだろう。

先生に気を使えるときには気を使える(使わなくて良いのに)が、気を使えないときには正直になる。

本当はよくなっていないのに良いときと悪いときの波があるという印象を与えるのだった(真実は低め安定だけどときどき具合がひどく悪くなる)。

 こういうふうに「おかげさまで、なんとかやっています」ではなくて、具体的に症状を言ったりするとどうなるかというと、

f:id:shimahikari:20170527194826j:plain

「じゃあ、この薬の代わりにこれにしてみましょう」

とか、

「この薬を増やしてみましょう」

とか、

「この薬をやめてみましょう」

とか、処方薬に動きが出ることになる。

これは、わたしがもっとも苦手なことで、一番避けたいことだ(前に書いたのですが、薬が合わなくて苦しんだので、変えたくない)。なのにそうなってしまう。先生としては症状の変化を聞けば、できることと言ったら処方薬を変えることくらいしか方策はないのだ(ということにも気づかなかった。ただ、聞いて欲しかった)。

結果的に被害を被るので、このやり方はマズイ。

なんとか普通にあるがままに症状を訴えることができればいいのだけど、それができない。

とことん「あるがまま」になれない。

そろそろよくなっていかないといけないんじゃないか、

よくなっていかなかったらどうなるのだろう、

先生はどう思っているだろう、

などなどの思惑があたまのなかでぐるぐるしていた。

先生もそんな感じのわたしのことをだんだんと理解するようになり、軽く受け流すようになっていった。

「ま、もうしばらく様子を見てみましょう」

が、診察の終わりを知らせる合言葉になった。

問題は自分にあるとわかるまで時間がかかったので、それまでは診察がつらい時間になってしまった(かといって行きたくないのではない。聞いてもらいたい、訴えたい。葛藤が激しい状態)。

 診察の前の何日間かは特に具合が悪くなり、診察が終わるとホッとして気分が軽くなる。

診察がストレスになっていた。

もっとじっくりと焦らずに(わたしが勝手に焦っているのだろうけど、切り上げられるような気がして)時間をかけて、話を聞いて欲しいのに。