小さなあたまで大さわぎ by りりん

不安障害(不安神経症)パニック障害とうつの記録。

心療内科医や精神科医の「名医」と「やぶ医者」と春日武彦の本。

こんにちは、りりんです。

わたしは、心療内科にかかり始めの頃、お医者さんに対して(薬を処方してくれるというありがたい処置はありますが)なにかやはり人的な特別な診察をしてくれるのだと期待しました(簡単に言えば心の治療。カウンセリングのようなもののもっとすごいやつのような)。

これで治る!

なにかすごいことをしてくれて、治してくれる

と期待しました。

 (あとからわかるのですが、これこそが、わたしの大きな勘違いだった=医者が病気を治してくれるわけではないという・・・)

初診のころやかなりどん底の具合の悪い時期に、この「とにかく楽にして欲しい。早く治して欲しい。なんとかして欲しい」と思うことは、多かれ少なかれ誰にでもあるんじゃないかと思います。

わたしのように、すごく具合が悪かったりしたら、なおさらすぐにでも治して欲しいと思うと思う。

けれども、診察では期待を大きく外され、

「薬は合うかどうか少し飲み続けなければわかりません」から始まって、抱擁してくれるでもなく、話をずっと聞いてくれるでもなく、わたしの苦しい数々の症状をただうなずいて聞いてるだけ。

しだいに、この先生で

大丈夫だろうか・・・。

やぶかもしれない・・・。

ハズレかもしれない・・・。

とつい、疑ってしまうようになりました。

 

 でも、前にも書いたように、ほかの病院や先生を探す余裕も勇気も気力も体力もなく、ずるずると診察に通い続けていました。

1〜2年くらい経って、少し診察時の自分の言ってることや、それに対する先生の受け答えなどのパターンが少しずつわかってくるようになりました。つまり、それ以前の診察では、なにが起きているのか、なにを言われているのかもはっきりとわかっていない、動揺していて具合が悪かったということです。

「どうですか、最近は」

から始まる診察は、わりと短く、どういうふうに生活してきたかとか、なにが困っているか、眠れないとか、不安な感じとかを簡単に述べるだけになっていたので、ストレートに言えば、

診察の業務連絡化。

もともとべらべらいっぱいしゃべる先生ではなくて、喜怒哀楽も控えめで、当たりが柔らかい感じなので、ぼーっとしていると気がついたら診察が終わっていたということも少なくなくて。

さらに、なにか励ますような力強いアドバイスがあるわけでもなく、雰囲気(わたしは暗い)を盛り上げてくれるような笑いを誘うようなことを言ってくれるでもなく。

さらにさらに、そのときどきで、なにかあったエピソードのようなものが診察の会話に織り込まれていくとは言え、わたしの代わり映えしない訴えに、先生は、めんどくさいという雰囲気もなく、困ったという雰囲気もなく、いつも現状維持を肯定しているような感じさえあって、このままずっとこのままでいいのかもと思えるような安定感がありました。

それは、もしかしたらこの先生が持つ独特の繊細な安定感かもしれないと思えるようになってきたころ、

先生の言う、ほとんどひと言コメントのような言葉が、実はすごく大事な助言、アドバイスなのではないかとはたと思いつきました。

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たとえば、

「休むことっていうのは難しいですよね。それができてくるといいんですけどね」

とか、

「無理になにかをしようとしないでいいんじゃないでしょうか」

とか、

「いま復帰のことを心配してもね。まずは症状が少し良くなってからでないとね」

とか、

「無理に乗り物に乗らなくてはと思わないで、いいんじゃないでしょうか」

とか。

いま改めて思い出しながらいくつか書いてみたものの、印象に残るようなインパクトのある、座右の銘になりそうな言葉とはほど遠くて、ありきたりのどちらかというとどうでもいいような、そこら辺の人と挨拶をしたときのような社交辞令のような言葉なのですが。

でも、さらに、改めてじっくりと噛み締めてみると、そのときどきでドンピシャのタイムリーなまさにこれだよね、よく言ってくれたみたいな含蓄のある(わたしにとってだけだと思うけど)言葉だったと納得するのでした。

診察の時に、わたしはこのひと言コメントをしっかりと聞き逃さないようにして、大事に持って帰り、次の診察までの課題にしたりした(我ながらまじめだと思う)。

たぶんですが、先生は、そのときにわたしが言ったことに対して、適当に言ってるのではなくて、その短い時間内でいかに方向性を指し示すなにかを見つけてあげられるか、という高度な診察をしている先生なのではないかと思うようになったのでした。

名医かもしれない。。。

はっきり言って、これはいまでもわかりません。名医とやぶ医者の間をゆらゆらと揺れ動いているのかもしれない。

このことは、何年も経って、じわじわとわかってきたことなので、だから、こういう機微がわかるようになるためには、先生もそうだけれど、診察を受ける患者(わたし)の方も忍耐と根性が必要だった(あとで出てくる「中腰力」のようなものがこれかもしれない)。

先生は、ほんとうによく我慢して、なかなかよくならないわたしの診察を(いやとはいわないだろうけど)続けてくれていたし、わたしもそこそこ良くなった時点で、もっと治してくれそうな医者を探すようなことをしなかった自分を褒めてあげたい。

今回書いた、この名医とやぶの間を揺れ動く(わたしも同様に、先生から見れば、模範患者⦅ぐんぐん良くなっていって自分にめんどうや負担をかけないであろう⦆とダメ患者⦅治るなんてことはないんじゃないかとさじを投げたくなる⦆の間を揺れ動いていただろうと思う)関係の話は、実はけっこう大切で、診察だけではなくて、治療や治癒、つまり治るかどうかにもかかわってくるのだと思います。

お互いにどこまで関わり合えるかとか、踏ん張れるかとか。

これは、病気以外のことで、心のお医者さんとどういうふうに接していったら良いのか、いいたいこと、やって欲しいことをどうやって伝えたら良いのか、わかってもらえているかどうかとか、そういうことです。

これは、患っている立場としてはとても負担になる場合があったりめんどくさいことだったりなので(お医者さんはここら辺も含めて仕事だと思うから・・・)、ヒントのようなものになればと書いておきたかったです。

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それで、このことを考えているときに参考になった本を。

 精神科医もひとりの人間で、迷える子羊ぽいのだというのがわかったりした本がこれ。

春日武彦の本はどれも人間味にあふれていて、特にそれが精神科医なのだから、とても興味があって、そして心のお医者さんについて勉強になった。

ふ〜ん、医者って実はこんなことを考えているんだ、と。

すがりついて頼ることをあきらめて、客観的に医者を見ることができるようになったきっかけを与えてくれた人です。

わたしはこの人が大好きでほとんどすべて読んでいます。医者なのにちょっと病的なところが微妙ですが。

 ただ、かなり好き嫌いがあると思います。ものを書こうという精神科医ですから、クセがあり、本音があり、実は本当のことなどもかなりあります。ですので、気持ちがどん底のときよりは、少し持ち上がってきてから、せめて医者とやり合えるくらいのレベルになってきたら読んでみるといいかもと思います。一般的な精神科系のエッセイではありません。(はまれば良くなるきっかけになり得るくらいパワーのある本だと思います)

 

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室 | 春日 武彦 |本 | 通販 | Amazon

おもしろいです。やはりとてもクセがあります。精神科の医者などの初心者向けのアドバイスっぽい本です。古本のみになってしまったようです。そのときどきで、自分が「こういう書き方」に対してショックを受けないか、頭にこないかなどのチェックにもいいです。わたしは何度も読み返して、自分の客観度チェックに使いました。笑い飛ばせたらオッケーだと思います。

精神科系、こころの病気はなかなか一筋縄ではいかなくて、治りにくいのだ、だから医療者は、いわば「中腰力」(腰を落として踏ん張るような中途半端だからこそ力がいる精神状態のようなもの、だと解釈した)が必要なのだ、という気持ちがいっぱいのエッセイ集。

わたしはこの本を読んでから(しつこいですがこの著者を好きです)「おーし、じゃあ、治ってやろうじゃないの」と決意しました。

(患者を突き放す加減がやはり絶妙。そのなかに本当の寄り添う優しさがあるからこそできることなんだろうなとは思うけどね。⦅普通の⦆やぶ医者にはできないと思ったりした)

 

 下の本の方がお手柔らかで読みやすいです。普通におすすめ。

 

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もうすごく年月が経ったこのごろに思うのは、

医者と患者の双方に客観力と共感力が求められる。

結局、医者も患者も同じように気持ちがあるのだから、寄りかからずに理解し合う心持ちというか、ちょうど良い均衡状態がバランスが取れていて、治療の行く先へのカジが取りやすいのかなと思います。

寄っかかって失敗したり、ひくつになって失敗したり、先生も情緒の不安定さを露呈したり、それでわたしが不安定になったり、と、本当にたくさんのことがあって、そういうことをつらつらと思うようになりました。

そういうときに、ああ、春日武彦が書いていたのはこういうことだったんだろうなと思ったりしたわけでした。